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「ひょうたん温泉」という名が珍しいとよくいわれます。この名を付けたのは創始者である「河野順作」です。
順作は、大正11年に大阪から奥さんである“マツ”さんのリュウマチを治すために、はるばる別府にやって来ました。そして運良く温泉を掘り当てた順作は、この鉄輪の地に夫婦の隠居所として住み始めました。そして、豊臣秀吉の大ファンであった順作は、彼の旗印である「千成ひょうたん」からひょうたん型の浴槽を作り(女湯に今も残っております)、この隠居所を「ひょうたん温泉」と名付けたのです。
その後、昭和3年には還暦のお祝いにと、ひょうたんの形をした木造トタン張りの展望台(7階建て・高さ18m)を造りましたが、残念なことに昭和20年に取り壊されました。当時は鉄輪温泉の名物として親しまれていたそうです。
順作は昭和25年に亡くなりましたが、鉄輪の皆様の温かい力添えをいただきながら、子孫がその遺志を守り受け継いできた結果、現在の「ひょうたん温泉」があるのです。 |
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