竹製温泉冷却装置「湯雨竹」

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竹製温泉冷却装置「湯雨竹」

「湯雨竹」施工日記

竹の専門家・豊田が持っていた1枚の写真

それから3年後の平成16年。斉藤は仕事で疲れた頭を冷やすため、研究室の窓から周囲の色濃くなってきた緑を眺めていた。そこに、斉藤を訪ねてひょっこり河野社長がやって来た。

「斉藤さん、お久しぶりです」

「突然どうしたんですか、社長」

「今度、老朽化してきたひょうたん温泉をリニューアルすることにしたんですわ。それで、例の件に本腰を入れて取り組もうかと思って…。これまでは斉藤さんのご好意に甘えてばかりでしたが、正式に大分県産業科学技術センターさんに冷却装置の開発をお願いしようと思いましてね」

「そうですか、それはいいですね。ウチへの正式な依頼となれば、私だけでなくいろいろな職員の知識がフルに使えますし、十分な時間も取れます。ぜひ、ご一緒に温泉冷却装置を完成させましょう」

河野社長が帰った後、斉藤はさっそく産業科学技術センターの各担当分野からプロジェクトメンバーの人選を始めた。すでに以前の実験で木と温泉の相性がいいことは分かっているが、専門的立場からのアドバイスを受けるため、木の専門家である大野善隆主幹研究員(現日田産業工芸試験所勤務)をメンバーとしてピックアップした。それから、同じ自然素材ということで大分県竹工芸・訓練支援センター(別府市)の豊田修身主幹研究員(現日田産業工芸試験所勤務)にもプロジェクトメンバーに加わってもらうことにした。また、県内の企業に勤める森田一美、西本和夫も個人の立場ながらプロジェクトへの参加を約束してくれた。

斉藤はすぐさま皆に連絡を取り、これまでの経緯を説明する会議を開いた。皆、関心を示した。
それから数日後、別府から豊田が斉藤を訪ねてきた。

「竹で作った道具の資料をいくつか持ってきたんだけど、見てくれるかい」

豊田は資料を詰め込んだ段ボール箱をドンとテーブルの上に置いた。

「いろんな物があるんですねえ。これなんか子どものころによく見たなあ」

次々と資料を見ていた斉藤の手が、ある写真のところで止まった。

「これは!」

斉藤の全身を目にみえないバリアが包んだ。そのバリアは胃の辺りに収束され、そこから脳に直進し、脳天を突き抜けて飛翔していった。

「ああ、その写真は枝条架といって、昭和20年代から40年代ごろまで塩づくりに使われていたものだよ。全国的に使われていたんだけど、特に兵庫県赤穂市などでは流下式塩田と呼ばれて盛んだったようだね」

流下式塩田はそれまで利用された入浜式塩田(畑状に区画された砂地に海水をかけ、水分を蒸発させ砂を煮詰めて塩を製造する方式)にとって代わったものだ。その構造は、竹枝(ササ)を一列に並べたものを上下に多段に設置しているだけのシンプルなもの。この枝条架に、上から海水をかけて水分を蒸発させて徐々に塩分を濃縮し、最後に煮詰めて塩を製造するというものだ。

斉藤は竹枝を利用することで海水を水滴状に分散させて、大気と触れる面積を増やすようにしている点に注目した。つまり、面積を増やして、海水と大気とを多く接触させて、蒸発効率を高めようとするアイデアだ。水は、蒸発する際に「気化熱」と呼ばれる大量の熱が奪われる。発汗で人体がクールダウンされるのも気化熱のなせるワザだ。工業用のクーリングタワーもこの原理を利用したものだが、流下式塩田の枝条架は図らずもクーリングタワーの構造をも持ち合わせていることに斉藤は気づいたのだ。

「豊田主幹、これですよ、これ!」

斉藤は豊田の腕を握りしめた。何に興奮しているのか分からなかった豊田も斉藤から説明を受けると、すべてを理解した。

「斉藤さん、それいいよ。使えるよ。竹も木と同じように熱湯にも酸にも強いから素材的にも問題がないしね」

別府は古くから竹の産地として有名で、竹工芸が盛んな土地柄である。別府の竹で冷却装置を作れば別府らしさも発揮できる。
斉藤と豊田は、この発見を伝えるため、プロジェクトメンバーに召集をかけた。メンバーも興奮した。森田は早速、自宅のシャワーで竹ぼうきを使って実験をした。それなりの効果が確認できた。
河野社長ら他のメンバーも、2人の説明を受けて、枝条架こそが今回の冷却装置開発の大きな鍵になることを了解した。
理屈が分かれば、次は実験だ。メンバーはひょうたん温泉で枝条架のミニモデルを見よう見まねで作り、上からひしゃくで熱湯をかけてみた。

「今からかけるお湯の温度は97℃あります。下の温度を計ってください。 それじゃあ、かけます」

「あれ、そんなに温度が下がりませんよ。おかしいなあ」

斉藤たちは試作機を作るにあたって形が似ていることから、竹ぼうきを利用した。これが災いしたのだろうか。

「やっぱり資料をまねしてもだめですね。どうでしょう、いっそのこと現地に見学に行ってみませんか」

「現地って、赤穂にですか」

「あそこには枝条架の本物を展示している所があるそうなんです」

「そりゃあいい。ぜひ行きましょう」